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隣の芝が青く見える


他人の畑はいつも豊作

 

他人の環境や状況が自分よりもよく見える、他人が持っているものが良く目立って見えてしまう。

無意識に自分自身と他人を比較して

ああ、羨ましい!



実際には、認識と違う可能性も大いにあって、他人にとって良いと感じているかもわからないものです。見えない部分や問題があることも多く、それを知らないだけかもしれません。


厄介なことに、自分自身のご機嫌によって他人への見え方が変わることもあるらしいですね。

青々と見えれば見えてくるほど、最近自分に何か変化がなかっただろうかと問うようになりました。


・経済的な余裕がありそう

・家族の仲が良さそう

・キャリアが羨ましい

 

他人の良い部分に意識が向くのはきっと、とってもステキなことでしょう。


羨ましいなと思うものに出会ったときにしていることは、ワクワク?ため息?



 

人のことはよく見える

人との関わりは、幼い頃に始まります。

赤ちゃんの頃から、この人は安全、不安、好き、嫌い、恐い、集団や個人など様々な出会いをしています。


他人を自分より優れていると感じたとき

例えば "すごい・いいね・羨ましい" など様々な言葉を選ぶことでしょう。

一般的には歓迎される誉め言葉に聞こえます。

ただ、返ってそれが自分や相手が追い込んでしまう落とし穴ワードでもあるんです。

このことに気が付いているかどうかで、褒めるなということではありません。


何が言いたいかというと

羨ましいと思う気持ちがコントロールできないうちは、褒め言葉のつもりが自分や相手、さらに第三者にとって武器になってしまうかもしれないということです。


コミュニケーションを学ぶ中では、相手も自分も尊重した対話を心がけることも大切になってきます。

会話ではない点で違うのは、相手推し量って知ろうと心がけることが1つあるのではないでしょうか。



分と他人

自分と他人を比べることが向上するエネルギーになっている間は、とても心地よく感じます。

そうでないときにまで、同じ方法を続けていると逆効果どころか思わぬ災難を招きかねません。


何かの拍子に  "ついついお化け"  は現れます。


「わたしはこんな状況なのに、あなたはいいね」

*口調や相手によっては喧嘩上等…


「なんて素敵なの、いつも羨ましいわ」

※何もしていない、自分が惨め…


羨ましいと思う気持ちを人と自分の間でコントロールするのは、難しく感じるかもしれません。

比べても仕方がないから色んなことをただただ諦めましょう!相手が不幸になるまで待ちましょう!というお話でもありません。

だからといって、羨ましいと思うならあなたも行動を起こしましょう、なんて言える人が既に羨ましいかもしれません。


自分と人を比べないほうが良い時ってどんなとき?




隣の芝は大して青くない

自分自身のご機嫌によって他人への見え方が変わるとは。


自分がうまく行っているときには、受け入れられることが、イライラしていると受け入れられない。



きっと自身の状態を知ることは、自分のためにやるべきことを知る第一歩になるでしょう。


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